インドアな、ぼくの日常。

千葉生まれ東京育ち。彼女は居ないが一人暮らし満喫中。

これを機にシンプルにしよう

新型コロナウイルスは色んな文化を壊してしまった感があり、特に入学式や卒業式が中止になったり、規模を縮小したりして行われたそうです。みんながっかりしてた感じがありますが、もしその時自分が小学生や中学生だったらめちゃくちゃうれしかったと思います。入学式や卒業式、あんまり好きではなかったですから。

在校生が参加する意味

みなさん思い出していただきたいんですが、入学式や卒業式ってなんか色々と練習させられるんですよね。卒業生のために歌を歌う、在校生に向けて感謝の歌を歌う、そのために体育館に集められて、声が出てないとか態度が出てない、ハキハキ歩いてないとか先生に怒られながら準備を進めてたように思います。あれって本当にいるのか、そもそもなんで歌をみんなで歌わないといけないのが、自分は最後までわかりませんでしたし、その答えを先生が誰1人用意しておらず、単にお前はひねくれてると言わんばかり。確かにひねくれてますけど、せめて誰かは用意しとけよと思った記憶があります。

勝手に入学し、勝手に卒業すればいい

だいたい卒業式とかで泣いた記憶がないというか、泣いてる意味がわかりませんでした。それは前にも書いたかもしれませんが、みんな学校に対する思い入れが強すぎると思います。義務教育を消化するために、仕方なく学校に入ってるわけで、通わなくていいんだったら自分は通ってません。別に卒業を祝われる気も一切ないので、卒業式がなくなっても大歓迎。友達と会えなくなる、先生とお別れになると言いますけど、会おうと思えば会えるわけですから。あと、先生のこと、なんでそんなに好きでいられるの?と思わざるを得ません。教師が本当に大嫌いで、言いがかりしかつけてなかったように思います。たまたま街で会った時も思いっきり無視をしました。皮肉の1つや2つ、言いたくなるという理由で。

学校行事はこの機会にシンプルになればいい

入学式卒業式だけでなく、学校行事はとにかく時間も手間もかけすぎ。体育祭とか修学旅行とか、別にいらないし、やるとしてもシンプルにすればいいと思います。体育祭をやるために授業を潰して練習をする、それに何の意味があるのか。適当にやってその日を迎えるような感じでいいだろうし、体育祭を盛り上げたい人が勝手にやればいいと思います。これまでの学校行事はあまりにも色んなことを詰めすぎ、先生にも負担がかかってたのではないでしょうか。これを機会にシンプルな形になればと思っています。

数時間も待たされるのがザラな場所


スマホの調子が良くないということで、飛び込みで携帯電話ショップに行ってきました。本当は予約をした方がいいようなのですが、まぁそんなに人はいないだろう、だって平日だもんとばかりに、仕事終わりに足を運んだのですが、平日の仕事終わりは土日の混み方とあまり変わらず、結局相当な時間待たされることに。そういえば土日休みのときに携帯電話ショップに行った時、予約時間60分って目の前に出てたのに、最短で窓口に案内されるのが4時間後と言われたことがありました。なんのために予約時間60分って出ているのだろうかとキレそうになりましたが、大人気ないのでその場を後に。


なんでそんなに混むんだろうかと考えたところ、色々と質問したい人がいるそうですね。この場合はどうなんだとか、これはどうすればいいんだとか。でも、質問したくせに忘れちゃう人が多いので、結局二度手間、三度手間になっちゃう。自分の父親がそうで、熱心に話を聴いていると母親も相手の方も思っていたのに、いざ尋ねてみると、何の話をしているのかさっぱりわかっていなかったなんてことが。母親は怒りを覚え、その帰り道で大喧嘩になったそうです。当然といえば当然ですが、父親の反論もまたびっくりするものだったらしく、説明なんぞ100聞いたって10しか覚えてないもんだから、あと10回説明すればいいんだよと。そんなに説明できるか!と呆れてしまい、それ以来母親が説明を聞くようになりました。父親からすると、結局早く終わらせたくて聞いている演技をしてただけなので、母親が細かく説明を聞く姿に怒りを覚えるそうです。なんで1回でわかろうとするの?なんかあってからでいいじゃんと。自分の知らないところで離婚危機を迎えていたというからびっくりです。


自分もどちらかといえば父親タイプで、基本的には聞き流してしまいます。自分が重要だと思ったことも相手からすればトンチンカンな質問ということがよくあったので、あんまり質問しないほうがいいかなと思うことが何回か。詐欺に引っ掛けようとしているわけではありませんから、相手の口車、営業に乗らないようにしさえすれば、あとはどうにでもなります。それにしても、なんでそんなに携帯電話ショップは混むんだろうか。手続きもあるんだとは思いますが。今度予約をとって携帯電話ショップに向かうことにしましたが、スマホの買い替えなどをするなら事前に調べてから行くようにして、少しでも滞在時間を短くするように努力します。でも、こんなスマホがあるんだとか見てると結構時間を使っちゃうんですよね。

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病気になってわかったこと

インフルエンザにかかったのにそれを黙って会社にやってきて、結局体調不良で帰ってしまうという方がいるようです。うちの会社でも過去にそのような人がいたそうですが、結構な大問題になったとのこと。別に食品工場にいるわけではないですが、もし集団感染なんてことになれば、営業に大打撃が出ます。会社の上司に、高熱が出ても這ってでも来いと言ってた方がいたらしいですが、どうもその方が有言実行で来ちゃったそうで。部下に言っている手前、自分が前例を作ってしまうとまずいと思われたのかもしれませんが、部下からかなり突き上げられただけでなく、重役たちに問題視されてしまい、結果的に会社に居づらくなって辞めてしまったそうです。心を入れ替えて、正すべきところは正すのならまだしも、そのことで会社を追われてしまうというのは酷な感じがしないでもないですが、私個人としては大英断だと思います。


バカは風邪を引かないなんてことわざもあるようで、おかげで社会人になってからインフルエンザになったことはありませんが、もしインフルエンザになってしまったらと思うとゾッとします。会社に行かなくて済むのは喜ばしいことですが、高熱にうなされている間は何もできなくなるわけです。食事だってそう簡単にとれないでしょうし、水分だってわざわざ買いに行って確保しないといけない。それがしんどいなぁと。そんなときに家族の存在って大事なだなぁと思うんですけど、いまさら母親を部屋に呼ぶのも勘弁。アニメ関係のもので散乱状態の中、母親にその部屋を見せたら卒倒してしまい、自分が母親を看病しなければならない状態を作り出す可能性すらあります。


中学時代の友人は、この看病してくれる相手を求めて結婚相手を探し、実際に結婚したそうです。インフルエンザになった時、孤独で押しつぶされそうになり、それまで結婚なんてしなくてもいいやと思っていたのに、急に考えを改めたんだとか。ノロウイルスに感染したことが自分もあって、全く何も手につかなかった時に同じ事を感じました。自分はこのまま死んじゃうのかなとさびしくなり、布団の中で泣いたこともあります。そこで考えを改めた友人と、それが過ぎてすっかり忘れている自分、結構な差になっていました。病気になったらそれをいたわるぐらいでいいのに、社会はあまり寛容的ではない。正確には日本の社会が不寛容ということなんですが、安心して休める時代になってほしいものです。

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お中元お歳暮の定番はハム

お中元とかお歳暮とか、ちゃんと会社の人に出しているという人は意外と少なそうです。お中元やお歳暮の文化って特に若い人はあんまりなさそうですが、私は律儀にお中元やお歳暮を出しています。会社の上司や先輩などに渡していますが、周囲からはあいつはヨイショをしているだけと思われているらしいです。別にヨイショをしたくてお中元やお歳暮を出しているわけではありません。あくまでも礼儀として出しているだけです。まぁ多少は下心もありますし、おかげさまでお返しをいただくこともあります。せっかく日本の文化としてお中元やお歳暮があるんですから、それを利用しない手はないのではないでしょうか。


そんなお中元ですが、自分がもらったらいいなと思うもの、嫌だなと思うものを考慮して検討しています。例えば、タオルなどは自分はもらってもあんまりうれしくありません。使い勝手は確かにいいんですが、それにしたって独身男性はそんなにタオルは使いません。まさか、自分を慰める時に使う?ちょっともったいないですよね。だから、タオルはあんまり選択肢に入れないようにしています。あとはたくさんの飲み物、これも人によって評価が分かれます。たまにフルーツジュースの詰め合わせをもらうんですが、あれって好みが如実に出ちゃうので、人によっては大好きな人、そこまで好きじゃない人に分かれるので、自分はその選択肢もとりません。そうなると何があるか、私はハムを送っています。


別所哲也さんがハムの人と言われるように、私もどこかでハムの人に。ハムのいいところは、ハム嫌いというのをあまり聞かない、煮るもよし焼くもよし、そのまま食べるもよしと色々と選択肢があるから。高級肉という手もあるんですが、食べなれていない人は高級肉に構えちゃうんですよね。どう食べるべきかを散々悩んだ末によくわからない食べ方をしちゃう。でも、ハムならわけのわからない食べ方にはなりません。食べ方を知っているので、自分なりのやり方で食べられます。それでいて賞味期限も結構持つ、お中元にはこれです。先日、別の人からハムがお中元でやってきて、ハムを送ってハムで返ってくるという展開になっています。そのハム、1箱丸々残っているんですが、賞味期限が明日である事実に気づきました。これを1人で食べきらないといけない、結構地獄です。ですが、食べないと失礼なので、初めて家からお弁当を持っていきました。ハムしか入っていないお弁当。おかげでなんとかハムは消化し終わりそうですが、何事も過ぎるのはよくありません。

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募金のあれこれ

皆さんは募金の経験ってありますか?自分は何回かあります。ていうか、そりゃ誰だって募金の経験ぐらいありますよね。たまに1万円札を募金箱に入れる方がいますが、その方の神経がわかりません。結構な大金だし、それを見ず知らずの人に入れるってピュアな心を持っていない限り難しそうですけどね。自分ならそんなことはできません。募金をするのはいいんだけど、相手がちゃんとした人かどうかを確かめてでなければ無理です。例えば、募金をしますと口だけで言って、実際は飲み食いに使っているケースだってあると思います。


地方ではそんなことはないんでしょうが、都内では結構怪しげな募金をしている方がいて、絶対に募金しないでしょという風貌の人がやっていることも。一番印象に残ったのが2011年あたりの話。2011年といえば東日本大震災があって、様々なところで募金をしていました。さすがにそれに関しては募金を自分もしましたが、街中にはたくさん募金箱を持った方がいたわけです。その中でとある都内の駅前に、身なりが少し汚い50代ぐらいの男性が募金箱を持って立っていました。募金箱には、中越地震と書かれています。中越地震は2004年に発生した地震で、大きな被害を与えた地震でしたが、それから7年ほど経っています。募金の必要はないとは言いませんが、これまでにたくさん天変地異が起きて、様々な募金活動がされて、今は東日本大震災、なのになぜ中越地震の募金なのか。7年も経過して行政だって相当支援をしているはずなのに、なぜ。勇気がある人はそれを聞けるのかもしれませんが、私にはその勇気はありませんでした。ただ、みんな同じようなことを考えていたようで、なかなかに苦戦をしている様子です。まぁ苦戦するだろうなぁ。


ボーイスカウトの子たちが横並びで大声出して募金をしている様子も見られますが、自分はあれが苦手です。なぜかというと募金をされるとありがとうございましたと大きな声で言われるわけです。募金をしてくれた人に感謝の気持ちを伝える、これは当たり前のことですが、当たり前なんだけど恥ずかしさが。募金そのものはやらなきゃいけないことなので、当然真剣にやるわけなんですけど、なんだかなぁ。最近は振込みでもできるようになってるので、そこで募金をするのがいいのかもしれません。意識高い系みたいに思われても嫌なので、衆人環視の中で募金をするには抵抗があります。まぁお前が募金をしているところなんて誰も見ちゃいないよという話なんですがね。

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